一行日記


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 2008年9月1日以後の日記は、 こちらのサイト に移転しています。
 詩人的観点から日々感じることを綴った記録。なお、一人称を「僕」と記述し、文体は常体としています。新聞記事など一部の外部リンクはリンク切れとなっています。
 ここのページにも書けない本音は メルマガ やまなか たつや 通信 で激白中。

 8月31日(日): 僕の人生哲学のひとつに、「自分には課すが、他人には要求しない」という原理がある。自分が、こんな生き方をしたいとかこうでありたいとか願うどんな理想も、それを他人には要求しないというスタンスを今まで貫いてきた。これは、母親の影響が大きい。おかげで、おせっかいになることも、他人のことでいらいらすることもほとんどなく今日までやってきた。けれど、自分にはとことん高い課題を課すから、無理し過ぎると自滅するというリスクと隣り合わせの生き方でもある。倒れないように、注意したい。
  8月30日(土) : 理想と現実のギャップに直面した時に、すぐに「そんなの奇麗事だよ」と口にして理想を手放してしまう人が多い。僕はそうでありたくはない。たとえ苦しみが伴っても、理想を自分に合わせて妥協するのではなく、自分を理想に近づけ続けたい。正直言ってこの生き方はかなり苦しい。でも、自分をより成長させるためなら、これくらいの労は惜しみたくない。なぜなら、その努力が実った時の歓びを、僕は何度も味わってきたから。
 8月29日(金): 子どものころは、大切なものがたくさんあった。思春期になると、大切なものが何なのか悩み始めた。大人になると、大切なものなどいくつもないってことに気付いた。きっと、たいていの人も、僕と似たような思考を経験し、またそれを繰り返すことで、成熟していったんだろうと思う。大雑把な言い方だけれど、成長するってそういうことだろうと思う。
 8月26日(火): 一昨日はかなり元気をなくしていたけれど、今日はけろっとして調子がいい。分かり合える友がいてくれる歓び、ものすごく大切なものだから、決して見失いたくない。
 8月25日(月): 一昨日あたりから急に涼しくなった。なんだか体調がおかしくなりそう。先週末くらいから、風邪をひきそうな予感がしてとっても嫌な気分。季節の変わり目ってやつだと思うけれど、とっても厄介。
 8月24日(日): 逆境を楽しむ心の余裕 が、だんだんなくなってきてしまった。平常心を取り戻さなくてはいけないのだけれど、いつだって理性的に振舞えるとは限らない。環境に求める理想と現実、自分自身に求める理想と現実のギャップが、あまりにも大きすぎて、息切れを感じ始めている。
 8月24日(日): いろんな人が、いろんな形で、僕の強さと、僕の弱さを教えてくれる。もっともっと、今以上に、成長したい。大人になりたい。
 8月23日(水): 「結婚とかは考えていないの?」と、とある知人から尋ねられ、「今はまだ」とか、あいまいな返事をした。結婚すれば、今より遣り甲斐のある毎日が送れるような気もする。けれど、若いうちは追うべき責任が軽いほうが楽だろうし、独身のほうが多少の無茶ができる。結婚すれば、仕事選びにしてもお金の使い方にしても時間の使い方にしても、今のようなギャンブラーな生活はできないだろう。今は今の自由を楽しみたい。
 8月22日(金): 用件も目的地もなく電車に乗りたい。そんな旅は久しくしていない。心にゆとりのないこのごろの自分をちょっと反省。
 8月22日(金): このごろ怒りやすくなっている自分に気づく。ちょっとしたことでいらいらしてしまう。他の人に対して攻撃的になることまではないけれど、とげとげしてしまうことはある。自分を変えたい。
 8月21日(木): 孤独や不安が人格を持つことがある。孤独感が制御し得ないモンスターになって一人歩きを始めることがある。この現象が一人の人の心のなかで起これば病気になったり自殺したり犯罪を犯したりする。社会―つまり人間集団のなかでこの現象が起こると、国家主義に走り始めたりする。理性と孤独感との主従関係が乱れることを決して許すまいと、軟弱な自分に言い聞かせてみたりする。
 8月21日(木): 無性に、インゲンをごま油でいためたのが食べたくなる時がある。今まさに、そんな感覚に見舞われている。
 8月20日(水): 人前ですぐに「忙しい」とこぼす大人になりたくないと、中学生くらいのころの僕は思っていた。どんなに忙しくてもそれを口に出したくはない、忙しさを口にすることで"近づき難い人"と思われたくはないと。僕ももう成人して数年経ち、あのころ大人だと思い描いていたような年齢になりつつある。妥協したくはない。純粋な少年が抱いた大人の理想像に、一歩でも近づきたい。
 8月19日(火): 先週お見舞いに行った友人 が、いよいよ本格的な治療を前に、無菌室に入ったという。パソコンと携帯が使えるのが辛うじて救いだけれど、家族以外の人と直接会えなくなることで、彼女の孤独感との闘いは過酷さを増してしまった。頑張ってほしい。
 8月19日(火): 最近、頑張ってる自分が好きになってきた。ナルシストかな?忍耐するということがどういう意味なのかを、体で学んでいる今が大好き、そして自分が好き。
 8月18日(月): このごろ、必要にかられて、法律用語で書かれた資料を読み漁っている。かなり頭の疲れる作業で、何度も何度も読み返したりしながら読解している。法案、法律、省令、政令、判例、通達、審議会議事録など。頭がパンクしそうだ。
 8月17日(日): 僕は、悩むことは嫌いじゃない。でも迷うことは嫌い。悩むこと、考え続けること、思考力をフルに使ってあらゆるパターンを想定し、あらゆる要素を考慮しながら思い巡らすことは面白い。でも、迷う時は心が動揺するから疲れるだけ。ここ最近、悩みより迷いが増えて、疲労感がたまってしまっている。ああ、発散したい。
  8月16日(土) : だいぶ前にも似たようなことを書いた けれど、今、いろんな逆境がほぼ同時にやってきて、そんな波乱万丈の日々がけっこう楽しい。毎日がジェットコースターのよう。どこまで自分が冷静でいられるかを試されてる気がして、やる気に火がつく。そんなことに生き甲斐を感じてしまったりする変な自分が、嫌いでもない。
 8月15日(金): かけがえのない大切な人だと確信していた人が、自分にとってそれほど重要な存在でもないことに気づいてしまった瞬間、これしかないと信じきっていた答えが正しくなかったことに気づいてしまった瞬間。稀にだけど、そういう出来事に直面する。つい最近もそういうことがあった。鈍い痛みと共に、自分の成長を実感する瞬間でもある。
 8月15日(金) : 具体的なことは書けないけれど、僕は今、闘っている。いろんなことと闘っている。どこまで蔑まれても、侮辱されても、自分自身の人間としての最低限の尊厳を守り通すため、僕は格闘している。何と闘っているか、その内容については、ハッピーエンドならば公表しようと思う。バッドエンドなら、一生自分の胸の内に秘めておこうと思う。
 8月14日(木): 痛みや苦しみに理屈をつけて説明しようとするいろいろな哲学や宗教上の教理がある。それは神から与えられた試練だとか、自分を磨くチャンスだとか。でも、どう考えても痛いのは嫌だし、つらい思いなどしたくない。苦悩から学べる教訓はあっても、わざわざ苦悩したいとは僕は思わない。
 8月14日(木): かなり久しぶりに午後まで眠ってしまった。目が覚めたら、いい感じに体がぐったりしていて、しばらく横になって休んでいた。たまにはこういう日があってもいい。
  8月13日(水) : 白血病で入院中の友だち の面会に行った。これまでも彼女とは週に何度も電話で様子を聞いてはいたけれど、実際に会ってみると彼女がいろんなもの(身体的な不快感や不安感など)と闘っていることがよく分かった。僕にはそのごく僅かしか理解できていないということだけは、少なくとも分かった。帰宅して はるまついぶき を聴いて泣いた。激しく泣いた。かつて友のためにこんなにも涙を流したことがあるだろうかと思うほど。そんなこんなで、今日はわたわたしていて、 メルマガ の配信予約を忘れてしまった。読者の皆さんごめんなさい。
 8月12日(火): 最近、紅茶を飲む時はストレートを好んで飲む。夏は冷えたストレートティーが美味しい。冬はあったかいミルクティー、秋はレモンティーと、なぜか季節によって紅茶の好みが変わる。
 8月11日(月): まだ具体的な予定は立てていないけれど、来月旅行に行けたらと思っている。新幹線0系の乗り収めをしようか、東北の友だちのところへ遊びに行こうか、何も決まってはいないのだけれど、9月に入ると少し時間に余裕ができるから、息抜きしたい。
 8月10日(日): 去年の秋から最近までの日記を読み返してみた。体調が悪いとか学校がつらいとか、飽き飽きさせられるくらい弱音ばかり書いてあるけれど、今こうやって日記を読み返してみると、この1年間にも僕は本当にいろいろなことを乗り越えてきたんだな、と、少し自信がつく。地味に頑張ってるじゃん、自分。
 8月10日(日): 日本に二つ目の大きな核兵器が落とされた日、ジャンボ旅客機が操縦不能になって墜落した日、二度目の世界大戦が終わった日……。命について、平和について、家族について、未来について考える記念日も、4年に一度のお祭りで大半の人の意識の隅に追いやられてしまうのだろうか。
 8月9日(土): 岸由一郎 さんの命を奪った震災 から2ヶ月が経とうとしている。この2ヶ月の間にも、あちらこちらで幾度も地震があった。東北地方に住む友人は、びくびくしながら暮らすのも嫌だから、大地震がきてとっとと終わらせてほしい、なんて言っていた。その気持ち、分からないでもない。
 8月8日(金): 床面積の5分の1くらいを占めていた本 をやっと、図書館に返した。もちろん、徒歩で持って行くことなどできない。車で持って行く。しかも、積み下ろしをするのに何回も行ったりきたりで汗びっしょり。それだけでもずいぶん運動になったと思う。
 8月7日(木): 前々から、日記の引越しを考えていた。どう考えても、今の手打ちタグの日記は、僕にとっては更新が楽だけど読者の負担が大きい。携帯からアクセスする場合は特にそうだ。それで、無料の日記スペースを探してみたんだけど、 ブログ というものが爆発的に流行ってからは、純粋な日記スペースが絶滅危惧になっていることを知った。でも、なんとか良さそうなところが見つかったので、近日中にお引越しの予定。
 8月7日(木): そういえば最近、ニュースを見たり新聞を読んだりしていない自分に気付いた。家族がニュース番組を見ているのを、一緒に食事しながらなんとなく聞く程度で、あまり能動的に世の中のことを知ろうとしていない。 RSS リーダーですぐニュースを読める環境はあるのだけれど、なんだかそういう気持ちになれない。新聞を開いたら一面に、もっと明るくてハッピーになれるような話題ばかりが書かれるような世の中ならいいのに、と願う。
 8月6日(水): 電話をかけてみたら留守電だったから、何も言わずに切った、というのは日常茶飯事の出来事だ。とっさに切ったとしても、8円から30円程度の電話代はかかる。いったい NTT はこれで、いくらぐらい儲けているんだろうか。聞くところによると、フリーダイヤルを開設している企業では、間違い電話や子どものいたずら電話で、年鑑かなりの損失があるという。電話代ってバカにできない。
 8月6日(水): 今年もまた、戦争と平和が語られる時期になった。核兵器で命を落とした多くの人たちの無念さに胸を痛めながら、ただ単に民族的なアイデンティティが傷つけられたという被害者意識を膨らませることが、平和な社会を作り出すとは思えない。だけど僕が教えられてきたのは、被害者としての戦争の記録だけだった。
 8月5日(火): へとへとになるくらいまで読書をした。「読書の秋」という言葉があるけれど、真夏の室内はエアコンがかかっていて秋のような気候だから、読書に最適な環境だ。読みたいものが読めるって、なんて幸せなことなんだろう。
  8月4日(月) : 家族と家族観が違う、ということをいろいろな局面で感じることがある。家族とは何か、どうあるべきものなのかという、家族の理想像が、家族と自分とでは異なるということだ。家庭とは帰り着く場所なのか、巣立っていく場所なのか、着地点なのかジャンプ台なのか。確か 重松清 さんの短編にも似たようなことを描写しているものがあった。程よく譲歩しながら、この価値観の違いをうまくすり合わせていきたい。
 8月3日(日): よく通っていた近所のファミリーレストランが今月かぎりで閉店になるという。そこには、同じチェーンの他の店にない飲み物があって、僕はそれが好きで度々足を運んでいた。残念だなぁ。
 8月2日(土): 今日はとってもハッピーな気分。難しく考えずに一生懸命頑張ればきっと報われるって、そんな気持ちに満たされている。心痛の原因そのものが無くならなくても、不幸であり続ける必要はない。脱出できる非常口はどこかに必ずあるから。
 8月1日(金): 尊敬する人を喪ったり、友だちが病気になったり、自分の将来について思い巡らしてみたり、柄でもなく人生について考えてみたりするこのごろ。 以前にも似たようなことを書いた けれど、今ちょうど、 『泡沫(うたかた)』 の主人公と僕の胸の内が共鳴している。相反するけれど寄り添っている様々な心情が共存して、今僕の心のなかは、シマウマの隣にライオンが飼育されているような動物園状態だ。嫌なこともあればいいこともあって、プラスマイナスゼロでいいのかなって気持ちにもさせられる。
 7月31日(木): 本当はこの日記に、自分の思いをぶちまけたいのだけれど、リアル友だちがたくさん読みに来てくれているので、どうしても遠慮してしまうことがある。だから僕は、日常の怒りや不満や失意や喜びを、場面設定を変えた詩という形で表現し続けている。とにかく今は、 秘密の日記 に自分の思いを書き溜めている。きっといつか、作詞のネタになるだろう。
 7月31日(木): ひどく調子が悪い。麻酔なしで親知らずを4本同時に抜かれたような気分だ。ドミノ倒しのように次々と、嫌なこと、大変なことが降りかかってくる。今はただ耐えるしかないけれど、きっと僕は今より強くなれる、優しくなれるって信じながら、目の前の試練に立ち向かおうと思ってる。
 7月30日(水): 2月16日の日記 にも書いたけれど、美しい詩、生命力のある詩、人を元気付ける詩、何年経っても引用されるような詩を書きたいと、今も強く願っている。今、僕が経験している様々な喜怒哀楽が、そんな素敵な詩を書く原材料になればいい。
 7月30日(水):
"I love you"って言われるよりも"I need you"って言われたい
現在作りかけの歌詞の一節。自分が必要とされているという実感は、これ以上ないくらいに人に強さを与えてくれるものだと思う。単純に、好きとか愛してるとか言われるよりも、必要としているって言われることがどれほど嬉しいことか。だから僕も大切な人に、"I need you"と言い続ける。
 7月19日(土): 線路沿いで写真撮影してる鉄道ファンのおじちゃんに話しかけ、数十分立ち話。貨物列車を撮りに来たらしい。見知らぬ初対面の人でもすぐに会話が弾んじゃうから、鉄道って面白い。
 7月12日(土): 崖の上のポニョ の主題歌が耳について、なかなか頭から離れない。なんかこの曲を聴いただけでも、観に行こうかなって思える。少なくとも、 もののけ姫 以後の宮崎アニメの不気味さのにおいは感じられない。
  7月11日(金) : 学校を卒業してから、読書の量が激増した。ああ、なんて幸せなんだろう。大好きな本に囲まれて過ごす幸せを満喫している。今僕の部屋の床面積の5分の1くらいが図書館から借りた本で埋め尽くされている。
 7月10日(木): 2ヶ月ぶり に熱を出した。僕はかなり頻繁に熱を出す。昨年10月から今年5月までは毎月37度5部を超える日があった。「熱を出しました」って学校に電話すると、担任の先生にはあきれられるくらいだった。だから、僕にとって2ヶ月ぶりというのは、実はとっても長い間調子が良かったということ。そんな訳で、今日は久々の 何もしないDay .
 7月9日(水):
「マネーにもマナーを」
消費者金融のコマーシャルのキャッチコピー。いったい誰に誰が言っているのかよく分からない言葉。「借りたものはちゃんと返しなさいよ」とやわらかく表現したいのだろう。でも、貸し主と借り主という意味では消費者金融にイニシアチブがあるが、企業と顧客という意味においては顧客の側にイニシアチブがある。航空会社でも鉄道会社でも顧客にマナーを守るよう求めることはあるが、それをコマーシャルのキャッチコピーにするのは、いかにも金融業ならではだ。
 7月9日(水): 6月29日の日記を読んだ知人が、
「失恋と失業と身内の死が同時にやってきたような心境」
という比喩を文字通りに解釈したらしく、なんだかいらぬ心配をかけてしまった。まぁ、だいたいこの日記に書く僕の弱音は誇張表現なので、適当に流してくれればと思う。
 7月8日(火): 梅雨はなぜ「入る」と表現するのに「出る」ではなく「明ける」と表現するのか、という空疎な議論を母親に投げかける。深い意味はないし、何かの答えを求めているでもない。ただ、言葉への執着の強い僕としては、こういうことをどうしても誰かと語り合いたくなってしまう。
 7月8日(火): 「ただいまプレミアム会員に申し込まれた方にQuoカードプレゼント」というメールマガジンが届く。すでに何ヶ月も前にプレミアム会員として申し込み、料金を払っている僕には何のメリットもない話し。なんだか不公平感を感じてしまう。
 7月7日(月): 悪意のない言葉で人を傷つけてしまったらしい。悔やんではみるけどまた同じ過ちを繰り返しそうな気がする。後悔する割りに反省を生かせていないんだよね。そしてそのことでまた自分を責めてしまったりして・・・。
 7月6日(日): 僕は概してプライドの高い女性からは嫌われる。きっと何か癪に障るものがあるんだろうと思う。他方、なぜだか内分泌障害を抱える女性には好かれる。テンションが低いからだろうか。おそらく前者は僕の個性の問題だろうし、後者にしても僕が努力して勝ち得たものではない。僕が意識的に頑張って自分を磨いている部分って、異性にしてみればどうでもいいことなんだろうな。人の評価なんてせいぜいそんなもの。"Going my way!"と威勢良く掛け声を出す。でも一人ぼっちは心細かったりもする。ああ、なんというこの自己矛盾。
 7月6日(日): 努力は必ずや報われると僕は確信している。でも、すぐに報われるとは限らない。力を注ぎ込んでから結果を待つまでのタイムラグがものすごく孤独で絶望的な時間に思えることだってある。今僕が頑張っていること、どうか僕が疲れ果ててしまう前になんらかのフィードバックがあればと願う。
 7月5日(土): 「知識がすべてじゃないよね」と、勉強する努力もしていないような人たちが言う。「優しさだけじゃ生きられないよね」と、人のために自分のすべてをなげうったこともないような人たちが言う。僕はそういう人たちに厳重に抗議する。そして僕自身もその小心者の一人だったりもする。
 7月5日(土): 友人がかなり重い病気になったことを僕は知っている。僕が知っていることを彼は知らない。彼は僕に隠し通すし、僕も気付かぬ振りを通す。これがひとつの優しさのしるしなんだろうか…そう考えたりもするけれど、確信はない。
 7月4日(金): 渋谷に行った。いやぁ、人だらけだ。先週池袋の街を歩いた時と同様、かなり酔った。ついでにアルコールが入り、帰りには電車にゆらゆら、三重に酔って帰ってきた。帰宅したのはまもなく午前になろうという時刻。
 7月4日(金): 礼服を買いに行った。店員さんの応対がとても親切かつ上品で感動。いろいろ気遣ってもらって、とても心地良かった。
 7月3日(木): 明日行われる、 まぐまぐ主催の講演会 に招待されている。ずばり、 読者をひきつける メルマガ の書き方 というもの。ここのところ執筆のための調査不足で、 メルマガ 『詩人だもの』 のコンテンツがやや劣化してきている危惧を感じる。いい刺激があればと願う。
 7月2日(水): 先週日焼けした両腕が脱皮している。それから顔のなぜか左半分もちょっとひりひりする。汚らしく焼きむらができているのが気にかかる。
 7月1日(火): 訳あって一日中 パソコン に向かっていた。ちょっと頭が痛い。
 6月30日(月): 後ろを振り向かずに突き進むべき時と、慎重に考慮して決定すべき時がある。今、非常に大きな決断を迫られている。今すぐに決定しなくてはならない訳ではないが、いつまでもずるずる先延ばしにすることでもない。いろいろ悩む。
  6月29日(日) : 実はここ1ヶ月半くらいの間にいろいろなことがあって、今僕はまさに、失恋と失業と身内の死が同時にやってきたような心境。それを友人に打ち明けたら、「盆と正月が一緒にやってくるといいね」と慰められた。
「ため息ついて逃がした幸せ 深呼吸して取り戻そう」
これは2ndアルバム 「ここに居るよ」 に収録予定の楽曲の歌詞の一部。確かめるようにそっと、そして何度も口ずさんでみる。
 6月28日(土): 顔も知らない誰かが、僕の曲を聴いてくれる。サイトを訪問してくれる。 着うた をダウンロードしてくれる。とても嬉しいこと。決して当たり前と思ってはいけないこと。最近それを強く感じる。
 6月27日(金): ジョナサンの、ほうれん草とベーコンのソテーの量が減っていた。いつの間にっ!そしてなぜか、冷麺が細麺になった。両者とも味は落ちていないので許せるが、いつも頼む物を頼んだらいつもとは違う物が出てきてちょっと当惑した。
 6月26日(木): ラーメンを食べに行ったら、カウンター席で店員さんが僕に器を傾けた状態で渡して、そのままスープがじょろじょろとこぼれ、僕の着衣にも・・・。店員さんは一生懸命謝ってくれた。上司らしきほかの店員に怒られていた。きっとあの店員さん、落ち込んでるだろうな。お仕事頑張ってねと、ささやかながら心のなかでエールを送って店を去った。また行こう。
  6月25日(水) : 出会いの歌であれ恋愛真っ最中の歌であれ失恋の歌であれ、今僕の身体はすべての恋愛系の歌を受け付けない。そういう歌がテレビから流れると自分の部屋に篭るし、一切関わりたくない。ものすごい拒絶反応だ。
 6月25日(水): 今月はけっこう遊んでいる。2週連続ライブに行ったし、今週末には鉄道ファン仲間との集まりもある。ここのところ親友と語り合えなくて満たされていない心を、何かで埋め合わせようとしているのかもしれない。遊んでる割にはハッピーになれない。でも不幸でもない。いろんなミュージシャンに出会えたし、いい刺激をたくさんもらっている。心から楽しいとは言えないけれど、悲観的にもなっていない。
 6月21日(土): 頭のなかを楽しいことで埋め尽くしていけば、きっと楽しい詩が書けるし、明るい曲が作れるようになるんだろうな。ぼんやりそんなことを考えていた。
 6月20日(金): 1ヶ月半ぶりに友人と食事。友人に感化され、僕ももっと自分に厳しく生きていかないとな、と気を引き締められた感じ。こういう、モチベーションを高め合う語らいはいいね。
 6月19日(木): 国民生活センターが発行するメールマガジン に、地震による混乱に便乗した悪質商法について書かれていた。行政の職員を装って家屋の点検をして、修理が必要ですと言ってお金を巻き上げるなどということがあるらしい。本当に悪質だと思う。地震による当惑や神経衰弱などで苦しんでいる人の不安に付け込むというのが、いかにもあくどい。
 6月18日(水): PTSD の診断を受けている人のうち何割かが、診断基準を満たしていないという。患者に「私は××がトラウマなんです」とくどくど言われ、同情的に診断書を書いてしまう医師が多いのだという。心が傷ついたという事実を、医師の権威と診断名という肩書きで保障してほしいと願って精神科に足を運ぶ人もいるらしい。そして、そういう人たちは状況に応じて都合よく、自分は精神障害者だと主張したりそうではないと主張したりする。日常的に偏見に耐えている本当の精神障害者にとっては、まったく迷惑な話しだろうと思う。
 6月16日(月): 東京都が IOC に提出した申請ファイルによると、オリンピックの会場計画では、選手村の半径8キロ以内でほとんどすべての競技が行われるという。しかし、サッカーはなぜか札幌ドームでも行われるらしい。さいたまスタジアムやニッサンスタジアムはまだ分かるけど、なぜ札幌ドームを使うのか、狙いは何なのか、よく分からない。 申請ファイル( PDF )はこちら
 6月16日(月): 母校の後輩(と言っても人生の大先輩)が関東甲信越地区の弁論大会で優勝した。弁論の内容は聞いていないけれど、全国大会に出ればもっと大々的に報じられるだろうから、それを楽しみに待とう。
  6月15日(日) : 午後に入ってきたニュース。倒壊した温泉旅館から収容されたご遺体が 岸由一郎 さんであることが確認された。窒息死だという。むご過ぎる。心から哀悼の意を表すると共に、引き続き行われる救助活動が円滑に進むことを願ってやまない。 産経新聞の記事はこちら
 6月15日(日): とてもショッキングなニュースが入ってきた。昨日の東北地方の大地震で行方不明になっている人のなかに鉄道博物館学芸員の 岸由一郎 さんが含まれている可能性が高いという。無事を祈る。救助活動、急げっ!頑張れっ! 毎日新聞の記事はこちら
 6月14日(土): 3月までお世話になっていた担任の先生から電話があった。僕の元気な声を聞いて安心したと言ってくれた。なんだかここのところ、優しい人たちに囲まれてとてもハッピーな毎日。体調も比較的良くて、自分でも自分が前よりずっと溌剌としているのが分かる。そうそう、担任の先生いわく、今週の火曜日に営業活動で新宿に行っていたところを、学校のほかの先生が目撃していたらしい。恐るべし、人の目。
 6月12日(木): 資金不足で1stアルバムの商品化がかなり遅れたが、ようやく具体的に着手し始めた。まだ、完成の目処はいつとか明言できないけど、そう遠くないうちに完成すると思っている。
 5月8日(木): 「わたしは自然体で生きてます」って主張している不自然な人がいる。劣等感の塊なのか何なのか知らないけれど、こっけいに映る。人間観察は面白い。
 5月3日(日): 京都府警や警察庁の指導にもかかわらず、いまだに硫化水素の作り方を掲載しているページにアクセスできる。それに、検索エンジンのキャッシュには当面残るはずだ。ところで、混ぜると硫化水素が発生する二つの薬品を、セットで同じ薬局に買いに行ったら、どんな顔をされるだろうか。何もとがめられなかったら逆に不安だ。試しに買いに行ってみようかな、なんてど不謹慎なこと考えたりして。
  5月1日(木) : 昨日から熱を出してしまっている。今日は一日中寝ていた。決して嬉しくはないけれど、でも、肉体的苦痛があると、それと闘うことに集中するから、あまり余計なことを考えなくて済む。そういう意味ではけっこう気楽だ。
 4月29日(火): 一日中寝ていた。昼寝もして、夕方も寝た。ちょっと疲れてるみたい。
 4月27日(日): 「あなたは家族を愛していますか」と聞かれたら、何の躊躇もなく「はい」と言える。孤独を棲家とする詩人としては半人前かもしれない。でもそれでいい。孤独に代わる、詩を書く原動力を見つければいい。
 4月26日(土): 昨日の日記 に書いた、 思い出すのはつらいけど忘れる訳にもいかない記憶 が、僕のこれまでの二十数年の人生のなかにもいくつかある。思春期から大人になる入り口をどこかで間違えて詩人になった僕は、間違えた道を引き返そうか、それともこのまま進もうか、考え込むことがある。それがいわゆるスランプとやらで、そして今僕はその只中なんだと思う。
  4月25日(金) : 福知山線の事故から3年というテレビの特集をやっていた。正直、見ていられないくらいつらい。事故に遭遇した人の心の傷とか遺族の無念とか、そればかりではない。あの事故が社会に与えた影響は大きかった。鉄道車両の設計にも影響を与えた。本格的なトリアージが初めて利用され、その分野でもあらゆる問題点が浮き彫りになった。思い出すのはつらいけど、忘れる訳にもいかない記憶だ。
 4月24日(木): どうすればもっと落ち着きのある人間になれるんだろう。人間性としての安定感みたいなのが、自分にはぜんぜんないから、それが原因でいろいろ失敗もする。その度に後悔するけれど、後悔してきた割に成長していない。
  4月23日(水) : 先日、 じゃばら の苗を買った。そして今日、土と鉢を買ってきた。ペットが飼えない我が家では、植物に愛情を注ぎ込むしかないから、大切に育てていきたい。
 4月22日(火): どこからともなく元気が沸いてきている。今なら、いろんなメロディーが浮かびそうだ。やさしい詩や楽しいメロディーをいっぱい書きたい。
 4月21日(月): 森達也 さんの直筆サイン入り書籍が当たって、今日うちに届いた。なんだか嬉しいなぁ♪
 4月20日(日): 段階的に、身内のなかで、 「ジャスミン」 の宣伝を開始した。 CDR と仮の歌詞カードを一人ずつ手渡しで配っている。経営戦略としては、広告は同時多発的・大々的にしたほうがいいのかもしれないけれど、僕はどちらかというと草の根的な PR 活動をしている。そっちのほうが思いが伝わる気がするから。
 4月19日(土): 友人と電話で語り合い、たまっているいろいろを吐き出させてもらった。かと思えば久しぶりの親友からメールが来たり。いろんな人に支えられてるんだな、なんて、自らの脆さと友情の強さについて、柄にもなく考えたりして。
 4月18日(金): インターネットって本当に面倒くさい。 先日の メルマガ にも書いたけれど、非常識な人が多すぎるから、言うまでもないことをいちいち言わされる。アーティストのファンサイトの掲示板に辛口コメントをしただけで集中的にたたかれたり、自分の考えを述べただけで「その意見は偏っている」と言われたり。個人の意見なんだから偏っていて当たり前。電波法や放送法に拘束されない一個人の意見に客観性を要求する理由が分からない。「空気読めよ」って言葉も大嫌い。空気を読むってのは、自分に課すことであって他人に要求するものではない。そんなことしてる間に、多様性を認められない全体主義の社会になって、また戦争が起こるんだろうね。
 4月17日(木): 実は今月上旬までは、毎日のように学校の夢を見ていたんだけれど、いい加減もう見なくなった。キャラクターの濃い面白い先生が毎日のように出てきたけど、それも今はない。いろんな記憶が遠のいていくのが、たまらなく心地よい。人は忘れながら生きていくもの。
 4月10日(木): 本日の死刑執行のニュースについて、いろいろな新聞を読み比べた。 産経新聞 は、法務省の報道発表を要約したような記事だった。また、犯罪の残虐性を節々で強調している。 中国新聞 は、大臣のスタンスに対する懐疑的なコメントをしている。また、今回刑が執行された死刑囚のなかに、裁判中無罪を訴えていた人がいたことを報じているのは、僕の調べた範囲では中国新聞だけだった。
 4月10日(木): NHK のみんなの歌を聴いていたら、少しびっくりした。かなり複雑な音楽理論を駆使している曲があった。幼いころからそんな音楽ばかり聴いて育った子どもの、音楽に対する感覚は、ひと世代前の人間とは異質のものになるのかもしれない。
 4月9日(水): 病気を抱えながらも食べていくために一生懸命働いている友だちがいる。あっちこっち面接に行って、就職活動を頑張っている友だちもいる。みんな頑張ってる。僕はといえば、何もしていない。家族には「ゴールデンウィークまでは何も考えずに休みたい」と話している。働くには体がつらい。じっとしてるには頭が疲れる。休まる時はなかなか来ない。
 4月8日(火): 森達也 さんの映画、 A A2 を観た。詳細な解説は省くが、同じ体温をした同じ人間が、どうしてこんなにもすれ違い、矛盾し合いながら、社会というのが構成されているんだろうかと疑問に思った。きっと戦争というのは、価値観の違いから起こる訳じゃない。イメージとイメージがぶつかり合って、人は争い合うんだろうと僕は思う。
 4月7日(月): やっと、気ぜわしい状況から開放され、卒業式が終わってもう3週間も経った今になって、ゆっくり休める気持ちになった。いつまでゆっくりするかは、自分でも何も考えていない。今の僕を、無計画とか家族に依存しているとか言う人がいる。反論はできない。でも、これでも僕にだってたくらんでることはあるし、あらゆる意味での自立を望んでいる。きっとやってみせるって、誰でもない誰かに言っている。
 4月6日(日): 統合失調症の妻を殺害した被告に猶予判決が出た裁判で、 毎日新聞
「やむにやまれぬ事情」
と表現していた。判決文を独自に解釈しないでそのまま要約したような記事だ。重〜い気分になると同時に、新聞の独立性って何なんだろう、とも思った。
 4月5日(土): 作者は読者を選べない。作品は解釈を選べない。僕がこの世に送り出した僕の心から出た言葉であっても、公表した瞬間、それは社会的なものになって、モンスターみたく一人歩きする。意図していたのとはまったく違った解釈をされたり、不本意な場面で引用されたり。しかし、不条理と思えても、屈辱と思えても、物書きはこの宿命を背負うことを選んだのだから、ごたごた言えない。言い訳がましいことを言うくらいなら書くのをやめればいい、と自分に言い聞かせる今日このごろ。
 4月4日(金): 暗い詩を書く人間は、たいてい能天気。死をにおわせる詩を書く人間は、異常なくらい生きることへの執着がある。詩ってそんなものだと思う。自分の心のバランスをとるために、自分の心情と裏腹なことを書く。元気な時に元気な詩は書けないし、落ち込んでる時に落ち込むような詩は書けない。面白いね。
 4月3日(木): いったいいつから始まったのか、もうそれさえも覚えていないんだけれど、とにかく食欲がない。というか食べたくない。食べなければ食べないほど気持ちがいい。え、これって病気なのかな?
 4月2日(水): 本日の国会。 民主党の 鳩山由紀夫 さんが提出した質問 を、内閣が やんわり躱した 。中身の良し悪しは別として、このかみ合わない質問主意書と答弁が笑えた。
 4月1日(火): 母校の先生から電話。更衣室に忘れ物があるという。明日、学校に行くことになった。こりゃまずいな、平謝りだ。
 3月31日(月): 昨日、横浜市営地下鉄グリーンラインが開業した。これに合わせて、1.3号線の愛称名ブルーラインが本格的に使われるようになる。愛称名決定のニュースを聞いて思いついた 『青筋』 だが、100アクセス以上の視聴をしていただいている。嬉しい限り。
  3月30日(日) : 約束どおり、1月14日に見た夢について語ろう。気がつくと2月23日、国家試験当日の朝になっていた。学校の先生がいつもとまったく変わらない顔でおむすびを頬張っている。「頑張ってね」と応援の言葉を背中で受け止めて、僕は会場に向かう。緊張の絶頂に達していると思っていた2月23日を、僕は平然と、当たり前の現実として受け入れていた。そんな夢だった。目が覚めると、元気が出た。きっと僕は、2月23日からタイムスリップして今日に戻ってきたんだ、そんな風に考えたら、今からでもいくらでもやり直せる、取り戻せるって思えた。そして肩の荷が軽くなった。見事2月23日、当日、先生がおむすびを頬張っていなかったことを除けば、 僕は正夢を果たした 。そして今週、その試験の合格の通知が届いた。

 3月29日(土): 東武鉄道が6月14日、東京メトロ副都心線の開業に合わせてダイヤ改正を行うのだが、そのニュースリリースのタイトルがこんなもの。 東武鉄道「「新・東上線」新登場 だじゃれかい。 資料はこちら
 3月28日(金): 今月10日にあった寄宿舎のお別れ会でプレゼントされたメッセージテープを、今日初めて聞いた。気が重くてどうしても聞く気になれなかったからだ。懐かしいとは思わなかったが、つい3週間前のこととも思えなかった。時の流れと共に、喜びは思い出となり、苦しみはトラウマと化す。その経過を、今僕は見守っている。
 3月27日(木): 先日、 伊吹文明 幹事長が、テレビに出ていた時、面白いことを語っていた。「人を変えれば世の中は変わると考える人がいる。片やリベラルな人は制度が変われば世の中は変わると言う。人を変えるか制度を変えるか、この議論に決着はつかない」。うろ覚えにまかせて書いているのでかなり意訳しているとは思うけれど、とにかくこんなようなことを言っていた。聞きながら、まさにそのとおりだなと感じた。
 3月26日(水): 統合失調症患者は関節リウマチになりにくい、多発性硬化症患者は高緯度地域に多い―昔から知られているなぞだ。疫学って面白い。なんでこうなるのか分からないけれど統計的に立証されていること、それを研究することで新たな発見があったりするのだから。
  3月25日(火) : 毎日という訳ではないが、秘密の日記を付けている。 USB メモリに暗号化して保存してある。僕には誰にも言えない胸の内を ブログ に吐露するなんていう考えはない。理由は二つ。第一に、ネットに精神的に依存したくない。誰にも打ち明けない秘めておくべきことがあるからこそ、人は強く美しく生きることができるんだと思う。第二に、セキュリティ面の不安。公安警察がその気になれば、誰の通信だって傍受できる時代だ。"ここだけの話"など、オンラインにはあり得ない。
 3月24日(月): 総務省って何やってるんだろう、ここ最近ふとそんな疑問を持ち始め、このごろいろいろ調べている。消防庁が総務省の下部組織だというのも、実は最近知った。調べるって面白い、知るって楽しい。
 3月23日(日): 葛藤は苦しい。けれど葛藤の向こうには希望がある。葛藤を放棄すれば楽になれる。でもそうしたら希望を捨てることにもなる。学業、人間関係、健康問題、すべてにおいて苦しみの絶頂だった5、6年前の自分を思い出しては、あのころの僕には今の何倍ものバイタリティがあったんだとしみじみ感じる。体調も比較的良くなり、学校から開放され、人間関係で悩むことも激減した今、毎日を闘い抜く意欲が衰えていっていることを自覚する。
 3月22日(土): 「障害者の情報機器の利用実態の調査を目的としたアンケートにご協力ください」、そんな依頼が電子メールで届く。情報機器の利用実態を調査する手段として電子メールを使うなんて、なんて偏った調べ方なんだろう。障害者のなかの情報弱者はアンケートの存在すら知らされない。格差って、こんな小さなことから広がっていくのかもしれない。
 3月21日(金): 書きたいことがいろいろある。けれど、もやもやしてまとまらない。作りたい曲のアイデアも、次々に浮かんでくる。こんな時、あまりにも早い段階で作る作業に着手してはいけない。もやもやするものはもやもやのまま、しばらく放置しておいた方が、実際に作品になる時に意味の濃度が増す。この苦悩のプロセスが品質の向上につながる、そんな持論を持っている。
 3月20日(木): 母校の後輩と大宮の鉄道博物館へ行った。彼とは去年の夏休み、「一緒にどこか行きたいね」と約束していたのに、それが果たせなかったのが心残りだった。鉄道博物館の展示物を見る以上に、彼の輝く笑顔を見ているのが幸せだった。本気でそう思う。体力的には疲れたけれど、充実した一日だった。
 3月19日(水): 今週から急に忙しくなった。毎日やることがいろいろあり過ぎる。これは僕のよくない癖で、束縛されている時には自由を求める割に、自由になれば自分で自分を縛り付ける。学校から開放され、休養するには絶好の時なのに、あれこれと次々スケジュールを入れたくなってしまう。結局いつまで経っても休めないまま。これじゃ体も良くならないよね。
 3月18日(火): 念願かなって本を読んだ。僕の敬愛する 森達也 さん等の対談形式の本で、かなり面白い。 「言論統制列島 誰もいわなかった右翼と左翼」 という本。 文脈を伝えないと分からないと思うのだが、
「彼[ 香田証生 さん]を見殺しにしたのは僕等です。」
という言葉には涙が出た。 コメントを書き始めると長くなりそうなので、ここでは書名の紹介にとどめておこうと思う。 詳細はこちらをクリック
 3月17日(月): 品川駅15番線の発車メロディーが、昔懐かしい、以前新幹線ひかりやこだまの車内チャイムとして使われていたものと似たものになった。アレンジがちょっと違うのだが、是非とも直接この耳で聴きに行きたい。ちなみに こちらのページ で早速 mp3 ファイルが公開されている。
 3月16日(日): 思い出してみれば、学校でこれまでお世話になってきた先生方は、 2007年12月17日号の メルマガ に書いたような、情報に謙虚な方ばかりだった。日々学び続けている先生から学ぶことができるなんて、本当に幸せなことだったと思う。尽きることのない感謝の気持ちを、どうやって僕なりに表現していけるだろうか。学校教育を通して得たものの価値を、どうやって社会に還元していけるだろうか。かなり真剣に自問自答を繰り返す。
  3月15日(土) : 昨日は謝恩会に、懐かしい先生が来てくれた。僕が悩める十台後半のころに、かなりお世話になり、たくさん甘えさせてもらった先生。この先生と出会えなかったら、僕の学歴は普通科中退に終わっていたと思う。それで、謝恩会の後、二人で駅の反対側の京王プラザホテルへ行っていろいろしゃべった。帰るころには雨もあがっていた。楽しかった。大満足。
 3月14日(金): 淡々と、粛々と、卒業式は終わった。今はまだ、何の感動もない。ここのところ気ぜわしく過ごしていて、「感慨無量です」なんて言える心の余裕もない。2ヶ月か3ヶ月経ったら、ある日不意に学校を思い出して、胸が痛くなったりするのかもしれない。
 3月13日(木): 担任の先生からは、「卒業式はあなただけのためにあるものだから、自分だけのために来なさい」と言われている。そのとおりだと思うから、明日はどんなに調子が悪くても行く覚悟をしている。頑張ろう、もうちょっとだ。
 3月12日(水): 2月6日に同じ。とりあえず今日・明日のことしか考えられない。一歩一歩、足元を見ながら前へ進んで行けばいいやって思ってる。
 3月11日(火): どんなにつらい時でも、自分を応援してくれる友の存在がありがたい。大切な人の信頼を裏切りたくないと思うから、だからどんなことでも、最後までやり遂げようって思える。
 3月10日(月): 以前掲示板に書いた 国家試験一日目朝の出来事。天から力が降ってきたこと。今思い出しても、やっぱり不思議だ。なぜ、あの日の早朝、あんなに調子が悪かったのに9時から急に力が出たんだろうか。学校生活最後の1週間を耐えるために、あの時の力をもう一度与えてほしい。
 3月9日(日): MR.Children NHK のペキン五輪のテーマソングを歌うというニュースを今週の半ばに知った。一 ミスチル ファンとしてものすごくショックだった。 ミスチル にはいつまでもアンダーグラウンドな路線を突き進んでほしかった自分としては、ここまで ミスチル が一般的に親しまれることに、少しの不自然さと違和感を感じる。
 3月8日(土): 父母と3人で コブクロ はなぜ男女・世代の差を超えて流行るのかという議題で語り合った。討議するなかで、いくつかのヒントが得られた。僕が真似したいと思える尊敬すべき点と、敬意は示すけれど追随しようとは思わない点が見えてきた。
 3月7日(金): 僕より学年は下、とはいえ人生の大先輩である学友と話した。「体調が悪い」ということが学校生活においていかにつらいか、また、人生のどん底から這い上がる強さについて、思いを共有できた。その方の人生のサクセスストーリーダイジェスト版を聞いただけでも泣けてきた。その方は、昨年の卒業式で泣きながら答辞を語っていたのだが、その涙の訳やその重みを、うかがい知ることができた。
 3月6日(木): 解熱剤に力を借りて平熱を維持しつつ、一日中何もせず、横になっていた。明日からは何が何でも学校へ行かないとまずい。そんなことを考えながら、ひたすら寝た。
 3月5日(水): いよいよ来週卒業。なのに体調がかなり悪い。学校の先生からはなるべく登校するように言われているので、今日は頑張って行ってみた。最後の最後まで、言うことを聞いてくれない体に振り回される学生生活だ。
 3月4日(火): 浅い眠りがだらだら続いて、11時間も寝ているわりには少しもすっきりしない。早く元気になりたい。
 3月3日(月): 時々、身近な人から、「どれくらい音楽を本気でやる気があるの」と聞かれる。正直言って、自分にもまだ分からない。ただ、僕は音と戯れているのが大好きだし、言葉遊びをしているのが好きだ。自分の将来について、まじめに考えなきゃいけない時が必ず来る。その時、自分がどんな道を選ぶのか、まだ何も分からない。
 3月2日(日): Googleで「やまなかたつや」と検索すると時々、「えっ、なんで?」と思えるような広告が表示される。クリックしてサイトを見たけれど、「やまなかたつや」という文字列はどこにもない。おかしなものだ。
 3月1日(土): 自分の名前の駅を見つけた。上信電鉄と紀勢本線と陸羽西線にそれぞれ、山名(やまな)、賀田(かた)、津谷(つや)がある。これらの駅を巡る、自分探しの鉄道旅行に出ようかな。
 2月29日(金): 体調が少しずつ良くなってきている。明日は久しぶりに、鉄分補給(鉄道ファンは鉄道趣味を楽しむことをこう呼ぶ)をしようかな。でも予定は何も立てていない。とりあえず最寄り駅まで行って、初乗り運賃の切符を買って、ホームに行って最初に来た方の電車に乗る、いつも僕の旅はそんなもんだ。
 2月19日(火): 1月20日の日記に書いた友人と電話で話した。体調が悪く、仕事が大変だという。ものすごく疲れている様子だった。けれど、こちらもひどく疲れてるから、何をしてあげられるでもない。話せば楽になるというものでもない。お互いに割り切れない思いをそのまま語って、何の解決策も見出せぬまま電話を切った。
  2月16日(土) : 常日頃思っていること。10年後、20年後に誰かが引用してくれるような詩を書きたいということ。誰かにとって大切な言葉になり得る、生命力のある言葉を世に送り出したいということ。どうすればそんな詩が書けるのか、その答えはまだ知らない。
 2月15日(金): とにかく甘い物ばかり食べているこのごろ。体に良くないのは分かっているけれど、ついつい手が出てしまう。お菓子とお風呂と音楽と親友との電話だけが、僕の心を癒してくれる。「だけ」って、4つもあれば十分か。
 2月14日(木): 家族、友人、学校の先生方など、周囲には理解者が多くいる。僕の健康上の問題を、心の底から心配してくれる人がたくさんいる。でも、今の自分は、それらたくさんの優しさに結果で応えることができていない。裏切ってるばっかり。後悔の念だけが積み上がっていく。
 2月13日(水): 例によって 眩暈がひどい。家の外には一歩も出たくない気分。でも学校には行かないといけないし。生きていくって楽じゃないね。
 2月12日(火): 得意な科目の試験があった。でもその科目、国家試験ではちょこっとしか出題されない。うそでもいいから今は、今日の試験の出来野良さに舞い上がりたい。
 2月11日(月): 久しぶりの友だちから応援メールをもらってちょっと元気付けられた。「頑張れ」の一言でもその気になれる。ちなみに僕は元気がない時、「頑張らなくていいよ」って言われるより「頑張れ」って言われる方が嬉しい。
 2月10日(日): ちょっと嫌なことがあった。ネット上にはとにかく人の悪口を言って、徹底的に攻撃してダメージを与えようとする人がいる。それが彼らにとっての快楽のようだ。全く理解できない。
 2月9日(土): 昨日はこたつで眠ってしまった。朝目が覚めたら体のあちこちが痛い。やはり布団で寝ないとだめだね。
 2月8日(金): もうちょっとの辛抱が、もうちょっとには思えない今日このごろ。長いなぁ、残り1ヶ月の学生生活。
 2月7日(木): 待ちに待った 着うたフルの3キャリア配信 が始まった。今まではEZWebだけの対応だったけれど今日からはソフトバンクにもIModeにも対応。いろんな人に聴いてもらえたらいいな。
  2月6日(水) : ちょっとまじめな話し。実は去年の夏に自室で熱中症になってから、かなり体調が悪い上体が続いている。担任の先生とは、最低限卒業できることを目指そうという話しをしている。国家試験当日、半日の拘束に体が持つかも正直言って分からない。とりあえず先のことは考え過ぎず、今日と明日のことだけを考えて生きている。明後日のことは明日考えよう、というスタンス。
 2月5日(火): 実はまだ 「ジャスミン」 に収録される12曲の歌詞を全部覚えられていない。 自分が作った詞ほど覚えられないものはない。たいていひとつの歌詞を完成させるには何度も修正を加える。歌っている最中にふと、採用しなかった古い歌詞が出てきたりして、自分の歌ってなかなか歌いにくい。
 2月4日(月): ルームメートと将来のことをあれこれ語り合った。彼と話していると、見失っていた自分をちょっと取り戻せたりする。彼はかなりヒートアップして勉強に取り組んでいた。その姿に感化された。
 2月3日(日): もしかすると風邪をひいたかもしれない。え、また?喉が痛い。咳が出る。鼻水が出る。熱はない。なんだか嫌な予感。
 2月2日(土): 明日は東京にも雪が降るという予報だ。電車止まっちゃったりするのかな。北海道の人に、数センチの雪でごたごた言うなと怒られたことがあったけど、確かに東京はあまりにも雪に脆すぎると思う。
 2月1日(金): 「もっと勉強したい」って、いろんなことについて思う。マッサージやはりの知識を深め、技術を向上させたい。音楽をもっと深く知りたい。その他諸々。学ぶ意欲は生きる力、そう信じている。
 1月31日(木): ASORA さんから12曲の完成品が届いた。 自分としては、 『ステレオグラム』 のアレンジが特に気に入った。 一日も早く、皆さんにお聴かせしたい。
 1月30日(水): 最近思うこと―自分らしさって自分で考えるものじゃなくて人から教えてもらうものなんだってこと。いろんな人が やまなか たつや という人間のいろんな面に気付かせてくれる。いいところも悪いところも。
 1月29日(火): よくいろんな話しをして盛り上がる友人がいる。今日久しぶりにその友人と会ってどうでもいいような話しをした。どうでも良さそうで何でもないような時間に癒される。
 1月28日(月): 昨日から今朝にかけて、ものすごく深い眠りで、朝起きたらなんとも表現しにくい心地良さを感じた。ここのところ浅い眠りがずっと続いていたから、久しぶりに頭がゆっくり休まって、最高に気持ちよい目覚めだった。
 1月27日(日): 一日中ぐだぐだとこたつで寝ていた。こんな日曜日も悪くない。
 1月26日(土): 「後悔だけはしたくない」と言う人がいる。でも、後悔は読んで字のごとく後になってするもの。いくらその時点でのベストを尽くしていても、最善と思えることをし続けたとしても、後になって悔やむことはある。1年後、あるいは10年後、今僕が良かれと思ってやっていることを、僕自身が悔やんでいるかもしれない。悔いのない生き方とは何なんだろう。
 1月25日(金): 国内では京都大学で研究が進められているIPS細胞について、僕は興味を持っている。倫理的問題を孕むES細胞については懐疑的な見方をしていたが、その問題を回避するIPS細胞の研究の発展と再生医療の前進に期待を寄せている。
 1月24日(木): 強風だった。転倒して重症の怪我をした方もおられたという。風はけっこうあなどれない。過去に、看板が飛んで人に当たったりクレーン車が倒れたことだってあった。 強風が吹くことを想定しながら街なかを観察すると、あれもこれも、いろんなものが飛んできそうで怖い。 大丈夫か、街なかの危機管理。 自然災害に強い街づくりはできているだろうか。
 1月23日(水): 『かめの遠足』 という歌がある。 たまに聴くと泣ける。 気ぜわしい時にこそ心に響く歌だ。 暗い歌を聴くことで人は明るくなれる、という さだまさし さんの哲学のように、 歌には、歌詞の意味と逆行するメッセージ性というのがあるように思える。 頑張らなくていいよと言われれば、よっしゃ頑張ってみようかなと思えたり、 焦らなくていいよと言われたらやる気が出てきたり。 不思議なものだ。 1月4日の日記に書いた 『I'LL BE』 とは正反対の作用だ。 どちらにしても音楽は素晴らしい。
 1月22日(火): 昨今話題の税制に関する政治問題について、
「話せば分かる」
と首相は語っていた。 昭和初期に暗殺された首相の最後の言葉もそれと同じだった。 僕は思う。 世の中、話しても分からないことが多すぎる。 分かってもらえたとしても、理解が不十分であったり時間がかかり過ぎたり。 テレビに映し出される、決して短くはない時間を国賠訴訟にかけてきた人たちの人生を思うと、頭が下がる。
  1月21日(月) : 今、ちょうど、 『泡沫(うたかた)』 の主人公と似たような心境だ。 自分の中に寄り添う「変わったもの」と「変わらないもの」。 前向きな姿勢の自分と、思うようにことが運ばない現実。 何がしたいか、何をすべきか、何ができるかがみんな違って、その微妙なずれのなかであたふたしてるこっけいな自分。 焦りと油断の両方に気を配りながら、諦めという究極の敵に立ち向かう。 そんなごちゃ混ぜの心理を、飾らないまま描写している自分の半年前の作品に痛く共感する。
  1月20日(日) : 友人と電話で話した。最近一人暮らしを始めたらしい。彼女はものすごく心配性で、まだ起こってもいない問題についてあれこれ思いつめて、不安感でいっぱいになってしまうことがよくある。昨日は今日のこと、今日は明日のこと、明日は明後日のことをずっと心配しながら生きているような人だ。そんな彼女を励ましていたら、なんだか僕自身に語りかけているような気がしてきた。
 1月19日(土): 今年もAP Bank Fesの開催が発表された。是非足を運びたい。昨年のFesの DVD を見ながら、「音楽は奇跡を起こす」という僕の哲理は決して間違いじゃないと再確認できた。
 1月18日(金): 昨秋から、いろんな意味でスランプだ。 学生として、治療家のたまごとして、鉄道ファンとして。 なかなか勉強に打ち込めなかったり、治療家として抱くべき理想を見失ったり、鉄道への情熱に疑念を感じるようになったり。 特に最初の二つは生活への影響が大きい。 おかげですっきりしない数ヶ月を過ごしている。 そして音楽の世界で自由に泳いで現実逃避を試みる毎日。 12月12日の メルマガ に書いた、 「できるようになることと習熟することとの違い」 に立ち往生してしまう今日この頃。時が経つのを待とう。
 1月17日(木): 今年の箱根駅伝では棄権したチームが3組もあって話題になった。統計的に言うと、テレビ中継が始まって以後棄権が急増したのだという。世間に多く注目され、期待されるようになればなるほど、監督や選手たちの意気込みも尋常でなくなってきたと、スポーツ新聞に書いてあった。健全な競い合いの姿とはどんなものなんだろう。自分の私生活ともシンクロさせながら、そんなことを思ったりする。
 1月16日(水): 本日発売の Bank Band の2ndアルバム 「沿志奏逢2」 を聞きながらぼんやり過ごした。心に響くメロディーばかりで、久しぶりにいい刺激を受けた。
 1月15日(火): 12月7日の日記 に書いたけれど、もはや音楽なしには生きていけない体質になってしまった。 少しでも歌ったり音楽を聴いたりしていないと禁断症状が現れる。音楽の力って本当にすごい。並外れた精神力を与えてくれるから。
  1月14日(月) : 劇的なことがあった。価値観が変わるくらい感動したことがあった。しかも夢の中で。朝、目が覚めたらものすごくさわやかで、目の前のプレッシャーのことなどどうでもよくなった。難しく考えないで自分なりにベストを尽くして結果を待てばいいんだなって思えた。自分に追い立てられるような緊迫感と焦る気持ちがなくなってものすごく楽。夢の内容は3月末に公表しようかな。
 1月13日(日): 『Helleborine』 が思いのほか不評だ。 僕の書く詩には癖があるから好き嫌いは結構はっきり分かれる方だと思ってはいたが、予想外の酷評をいただき少々驚いた。 もちろん、何を言われても詩人としてのポリシーを曲げるつもりはないし、好き嫌いが分かれるのが普通だ。 12月19日号の メルマガ にも書いたけれど、主張をするということは反論があるということであり、 創作活動をするのならその必然を弁えなければいけない。 12月3日号の メルマガ に書いたとおり、八方美人になりたいという欲求は捨て去り、 我が道を進む。 今はそれしかない。 その道の先で、誰かと出会えるかもしれないという可能性を信じつつ。
 1月12日(土): 病院に行った帰り、ジョナサンに寄った。店員さんの笑顔があまりにもさわやかで、ちょっと度肝を抜かれた。僕もあんな風にさわやかなキャラクターになれたらどんなにかいいだろう、と思いつつ、おそらく自分には無理だろうなとあっさり結論を出す。
 1月11日(金): 人からよく
「あなたは知的ね」
とか
「物事を深く考えているね」
とか
「きっとたくさんの苦労をしてきたのね」
とかいった、お褒めの言葉をいただく。 褒めていただくのは嬉しいのだが、実際の僕は結構ちゃらんぽらんだ。 シリアスな詩が書けるのは鈍感だからだし、主人公が苦労する様を描けるのは自分にその経験がないからだ。 今、ひと月半後に迫った国家試験を前にして、自分がこれまでいかに苦労をしてこなかったか、口先ばかりの人間だったかを知らしめられている。 これも良い経験だな。
 1月10日(木): 冗談じゃなく心に余裕のなくなってきたこのごろ。半ばパニックしていて何事も手につかない。こんなんじゃいけないよな、と思いつつ、密かに、この緊迫した心理を歌にしようなんてたくらんでいたりする。
 1月9日(水): 学校からの帰り、昨日電車の中で会った人と偶然再会。面白いこともあるものだな。
 1月8日(火): カウンタを設置してから1週間。こんな作りかけのサイトだけれどアクセスしてくれる人が毎日数人いる。また、210円という貴重なお金を僕の楽曲を購入するために投じてくれた人がいる。顔も見えない誰かだけれど、本当に嬉しい。価値のあるもの、意味のあるもの、人を元気付けるようなものを発していけたらと願っている。
 1月7日(月): 試験勉強をするには十分な休養が必要。十分な休養をとるには、十分な運動が必要。という訳で、音楽を聴きながら筋力トレーニングに励んだ。汗を流したから今日は心地よく眠れるといいな。
 1月6日(日): 抹茶ラテを飲むだけのために、駅前のファミリーレストランへ行ってドリンクバーを注文。ついでに軽い食事をして帰ってきた。こういうささやかな気晴らしの時間を大切にしていきたい。
 1月5日(土): 吉田兄弟 の津軽三味線を BGM に勉強をした。わりと集中力が持続した。 やっぱりお勉強の BGM にはインストゥルメンタルがいいね。
  1月4日(金) :
「人生はフリースタイル 孤独でも忍耐」
、これは、 MR.Children 桜井 さんが、 先日の日記 に書いた 名波浩 さんの応援歌として書いた曲 『I'LL BE』 の歌詞の一部。この曲の、自分を追い込んで追い込んでモチベーションを上げようとする歌詞が好きだ。今、ちょうどそんな思いで、目の前の課題に取り組んでいる。 「I'LL BE」 の歌詞はこちら
 1月3日(木): 年賀状をいただいた。温かいメッセージに感謝感激。ただ、いただいた年賀状に一通、差出人不明のものがある。お礼を言うにも誰に言えば良いやら分からない。内容から推察するに、学校関係の人だと思うのだが、表にも裏にも名前がない。いったい誰なんだろう。新しい年は大きな謎と共に始まった。
 1月2日(水): いよいよ1週間後は模擬試験。
「そんなの関係ない!」
と言い切れるならどんなにか気楽だろう。シビアな現実と潔く勉強に集中できない自分とのパラドックスに板ばさみ。僕を気遣ってくれる周囲の人たちの優しさが、痛く心にしみる。
  1月1日(火) : 僕が選ぶ2007年の「今年の人」は、サッカー選手の 名波浩 さん。 東京ヴェルディを J1 へ昇格させるため、ジュビロ磐田から期限付き移籍。 見事使命を果たした。 2007年をもって引退する考えもあったらしいが、東京ヴェルディの J1 昇格決定後の先月8日、 ジュビロ磐田での現役続行を発表。2008年も頑張れ! 完全燃焼してほしい。
 12月31日(月): 年末年始って、曜日の感覚が分からなくなるよね。今日から2日まで母方の祖父母と叔母が、2日から4日までは父方の祖母と叔母が来る。2日の夜には、外国に行っている兄を除き、親戚一同が僕の家で食事をする。受験生にとっては多少の自己犠牲はあるものの、精一杯孝行したいと思ってる。
 12月30日(日): 昨日の未明に NHK 教育テレビで放送されたラーメンズの第16回公演 「TEXT」 の衝撃の余波がまだ心を揺さぶっている。見た人にしか分からないコメントで強縮だが、あの、 小林健太郎 の言葉への執着、文字へのこだわりを習いたい。もちろん、緻密な台本だけでなく、演技力もいつもどおり。パワフルな笑いや失笑をくれた、すばらしい舞台だった。
 12月29日(土): 日常の些細な「いやなこと」を拡大解釈して、それに妄想を付け加え、膨張させた思いを詩に込める。僕がよく使う手法。今日はそれでものすごく重い詩が書けた。 ミスチル でいうと 「Surrender」 のような。
 12月28日(金): 昨日の反省もあって、今日はまじめに勉強した。思いのほかはかどってちょっと安心。だんだんやる気が出てきた。
 12月27日(木): 体調も良く、コンディションはまぁまぁだったのに勉強ができなかった。ちょっと自己嫌悪。明日は早起きして頑張るぞ!
 12月26日(水): JR 中央線で新型車量e233系が営業運転を始めてから今日で1年。張り切って早起きして最初の列車に乗ったことをついこの間のことのように覚えている。この1年で新車もどんどん増えて、今では201系に乗ることの方が少なくなった。もうそろそろ乗り収めだろうか。これはこれで寂しい。
 12月25日(火): 昨夜見たニュース23の格差社会の特集の映像が忘れられない。「格差社会の是正なんて、左派の訴える過激な政治スローガンに過ぎない」という主張はもはや通用しないだろう。生活保護を受けるために行政の窓口と交渉して罵倒され、それがトラウマになっている方の映像は痛々しかった。アーティストとして、自分には何ができるだろうと強く自問した。
 12月24日(月): 部屋が散らかっている。どうしようもなく散らかっている。手の付けようがないくらい散らかっている。ついでに片付けようという意欲もない。芸術家はこれでいいんだ、と変な開き直りをして、強引な自己正当化をしつつ、何もしないまま眠りにつこうとしている。
 12月23日(日): すでに2ndアルバムの曲作りに着手している。頭の中であれこれと思い巡らしながら、日常のいろいろなものをヒントにしながら、思いつくままのメロディーを記録している。こういう地道な作業が大事だよね。
 12月22日(土): 母の年金が宙に浮いていたらしい。時期にはがきが送られてくるだろう。見事5500万分の1に入っていた訳だ。ちょっと面白い出来事だったので、忘れないうちにネタ帳に書いておいた。
  12月21日(金) : 5ヶ月ぶりくらいの徹夜明け登校だった。レポートの発表会をなんとかやり遂げて、家に帰ってきてぐだっとしている。
 12月20日(木): 最近夢をよく見る。眠りが浅いのだろうか。でも、夢って結構作詞のネタになるからそういう意味では助かる。
 12月19日(水): 慣れた通学路で道に迷った。駅までの行き方が分からなくなってしまい、通行人に聞いた。ちょっと疲れてるみたい。
 12月18日(火): 久しぶりに勉強がはかどった。自己満足は禁物だけど、自分を褒めてあげるのも時には大事。
 12月17日(月): 何か面白いことないかな、なんて考えながら一日が過ぎていく。時間だけ無駄。でも現実を見ていてばかりじゃやってられない。まぁ、あと2ヶ月でこのジレンマから脱出できるのだから、我慢しよう。
 12月16日(日): ここのところ、外出をしない&電話代説約しているものだから、週末はほとんど人と話さない。でも、むしろその方が楽だ。何でもかんでも自分のペースでできる暮らしは結構快適。
  12月15日(土) : 読書がしたい。読み漁りたい。でも時間がない。そんなジレンマを抱えている今日このごろ。
 12月14日(金): 来週、学校で症例発表というのがあり、ちょうどそのレポートをまとめたところ。卒業論文と似たような課題だが、そんなに大それたものではない。なんだか抽象的なもやもやした文章のようなものができた。自分としては手ごたえはあったが、人前で披露する自信はない。
 12月13日(木): 疲れた頭に一杯のココアは結構癒される。ここ数日は、夕方にココアを飲んで気持ちを落ち着けている。
 12月12日(水): 今、いい感じに情緒不安定な状態が続いている。こういう時は結構、作品のアイデアがぽんぽんと出てくる。この不安定さがちょっぴり好きだったりする。
 12月11日(火): 友人から美味しいお菓子をもらった。甘いものには目がないから、かなり嬉しい。
 12月10日(月): 7日の夕方からずっと安静にしていたら、大分調子が良くなってきた。勉強をするにはまず勉強ができる心身のコンディションを整えることから取り組まなければならない。面倒くさい体だけど、仕方ないよね。
 12月9日(日): 風邪が治ったと思ったら、別の持病で調子が悪い上体が数日前から続いている。一難去ってまた一難、僕次男、それはどうでもいい。
 12月8日(土): 一日中寝ていた。午前9時から寝て、目が覚めたのは17時ちょっと前。この病気、治らないのだろうか。苦しい。でも頑張る。ネバーギブアップ。
  12月7日(金) : ふと、自分にとって音楽が、趣味ではなくなってきていることに気付いた。もう自己紹介の時に、「趣味は音楽です」とは言わない。もはや生き甲斐になっているから。
  12月6日(木) : 嫌なことというのは続くもの。昨日今日といろいろあって疲労困憊。でも、こういう時こそなにくそパワーで頑張れる。北風と太陽の話しに出てくる旅人のように。逆境に強いのが売り。むしろ環境が良くなるとだらけてしまうから、国家試験まであえて試練に身を曝そうか、なんて思ったりして……。
 12月5日(水): 長い間マスクを着けていたら、だんだん癖になってきた。最初は「咳が止まらないから」着けていたのが、「保湿のために」着けるようになり、今では「なんとなくマイブームで」着けている。
 12月4日(火): 先月14日に発売された MR.Children のライブDVDを観た。何度観ても同じところ、 「あんまり覚えてないや」 の3番で涙が溢れる。そしてすっきりするまで泣いて、気分一新したところで勉強に着手。はかどるはかどる。今の自分から音楽を取り上げたら、受験勉強は続かない。
 12月3日(月): 自販機で売ってるハバネロスープを飲んだ。トマトジュースをピリカラにしたような微妙な味。なんともコメントしにくい。
 12月2日(日): 「勉強のし過ぎで疲れた、なんて言ってみたい。実際は全然はかどっていないんだけれど。
 12月1日(土): ここのところ休みの日は出かけていない。呼吸器の方もだいぶ調子がよくなってきたからそろそろ遊びに出かけたいんだけれど、気付けば12月。国家試験まであと何日だろう。数えるのが怖いや。
 11月30日(金): 『Helleborine』 の楽譜を PDF にして当サイト上に掲載することを検討中。一人でも多くの人にこの曲を知ってほしいから。
 11月29日(木): 寒い。実家から古いハイパワーなガスストーブを借りた。ガスバーナーみたいに直接火がモ〜モ〜出るやつ。かなりあったかいけど室温と共に光熱費もガンガン上がりそう。
  11月28日(水) : 朝、眩暈がひどかった。とにかくひどい。かなりアクロバティック。目が回るとかいうレベルじゃない。ジェットコースター級。だから朝は目覚めてから数時間、体位を変えられない。ちょっとでも頭を動かすともうダメ。どうしたものか。半日待たされることで有名な市立病院に行くのも嫌だしなぁ……。
 11月27日(火): 風邪をこじらせて長らく学校を休んでいた関係で、3週間ぶりくらいに電車に乗った。いつもの通学路だけどやっぱり電車はいいな。鉄道ファンは電車に揺られることでほっとするもの。
 11月26日(月): 慌ててトイレにかけ込んだら掃除用具置き場だった。まったくもう、急いでる時にかぎって……。
 11月25日(日): 体調がよくなると思考も正常に戻ってきた。体調を崩していたこの半月の間に、「国家試験に受からなくていいや」というところまで落ち込んだモチベーションが再び上がってきた。よかった。
 11月24日(土): ASORA さんから楽譜が届いた。4曲を1冊にまとめてくださった。かなり良質の紙を使っていてちょっと感動。
 11月23日(金): 『泡沫(うたかた)』 着うた サイトに掲載された。友人はこの曲の歌詞を
「暗い」
と言っていた。確かに、
「人を恨めるほど」
とか
「忘れなけりゃならぬ過去」
とかいうフレーズは出てくるんだけど、でも文脈を読むと、この歌詞はすごく前向き。未来志向。それを前提にもう一度聴き直してみると、ちょっと違った風景が見えてくると思う。
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